2009年05月01日

幸せを創る光明思想―因果律を超えるもの(1)

原因結果という因果律は、一般常識として広く世に知れわたっている。

・土にスミレの種を蒔けば、芽が出てスミレの花が咲く
・姑が嫁いびりをくり返すから嫁は姑を憎むようになった
・結婚したから子供が生まれた
・夫の浮気が原因で離婚した 

など、原因があって結果が生じているわけである。


この世の中に生じているさまざまな事柄はすべて、
この因果律をもって説明することが出来る。

原因のないところには決して結果は生じないのである。

原因があるからこそ結果が現われてくるのである。

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2008年12月03日

「宇宙(そら)の約束」〜心訳・般若心経〜

仏教のエッセンスが詰まった般若心経。

その教えを懐かしい語りで伝えます。

あのドキュメンタリー映画「4分の1の奇跡」の
山本加津子さんの朗読です。


【転送歓迎】
●山元加津子「宇宙(そら)の約束」〜心訳・般若心経〜

http://www.wajju.jp/clips/4/68c4b4a3b8268112f59b2f0670f522677ac38b735175286e63138d0de948d867/

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タグ:般若心経
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2008年06月18日

マクロビ・メニュープラニング12日目

自分の体調を元に自分でメニューを考え自分で料理し
そして食べる。

中々、1週間分のメニューを組み立てた通りにはいかない。

作る量が基本的に二日分を考えているけど、
作った量がちょっと多くなったり、違うものが食べたかったり…。

でも基本は曲げない。

@ アルコールはメニュー・プラニング中の4週間はストップ。

A 肉も魚も食べない。

B 砂糖・スィーツもとらない

C 間食は控える


体重、体脂肪率、腹囲をスタート時と1W後で比較すると

1. 体重 67.8kg → 66.2kg

2. 腹囲 84.0cm → 83.0cm

3. 体脂肪率 18.2% → 18.9%


開始時でも全くダイエットする必要はない体調であるが、
確実にダイエット効果が出ている。

穀物・野菜中心の食事で腹八分目で済ませてるためだろう。
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良く噛んで食べているので、夕食までに空腹感に襲われることも
今の処はない。

以前は空腹感に襲われイライラすることがあった。

多分、低血糖にみまわれていたのであろう。

それがなくなった。

目に見えてとは言えないが、体調は確実に良くなっている。



長年、内臓を酷使してきた。

今も内臓良く働いてくれているけど、内臓にとっては
久しぶりのロング・バケーションである。

ただ、今迄、アルコールをとり過ぎていたことの是正で
根菜や球形野菜を多くとっているので、少々腸が引き締まり気味。


便秘とまではいかないが、しっかりと硬い大きい便りが出てくる。

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2008年01月09日

新・運命の開拓(天之御中主神霊示集より) 成果(4)

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6. 成果(4)

常に心に問え。自分のこの思いと、自分のこの行いが、
本当に神に喜ばれるようなものかどうかを。


本当に神の子としての自己実現かどうかを。

そして、神の心にかなうことであるならば、
恥ずかしがらず、臆病にならず、
決して怯まずに進んでゆけ。

世の人々の声に惑わされてはならぬ。

彼らはあなた方が前進していくときに、
苦笑したり嘲笑したり、
悲しんでみせたり怒ってみせたりすることも
あるかもしれない。

しかし、そうした世の、
本当のことを知らない人々の機嫌をとることをもって、
成果としてはならんということだ。


すべては神におまかせし、
そして、どのような汚名を受けようとも、
どのようなそしりを受けようとも、
真実は真実として歩んでゆく。

こうした勇気ある人生こそが、
本当は最後に神に愛される人生となるのだ。

さすれば諸君は、世の嘲笑を恐れるな。

世の批評を恐れるな。

批評家で大成した人などいないということを知れ。

人の批評をするのは簡単である。
posted by くまけんちゃん at 06:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運命の開拓(天之御中主神霊示集)

2008年01月05日

新・運命の開拓(天之御中主神霊示集より) 成果(3)

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6. 成果(3)

たとえば、大事業家として成功して大金持ちになって還ったとしても、
その人があの世で本当に成功をおさめたかどうかはわからない。


けれども、リンカーンとかガンジーのように、
最期は凶弾に倒れたとしても、
暗殺という憂き目の遭ったとしても、
その人生が誠実であり、
その人生が清潔であり、
その人生が人々の人類愛に燃えておった人の生涯というものは、
最期に実を結ばなかったように見えたとしても、
あの世ではすばらしい王冠を被り、
人々の愛に囲まれて、
幸せな生活をしているということを忘れてはならん。



さすれば諸君は、決して決して結果主義になってはならん。

結果よければすべてよしというような考え方に毒されてはならん。

諸君らは、ただ神が最後には見て下さっているのだからという心、
こうした観点を忘れてはならん。


この世の人に認められようとするな。

この世の友人や知人、親、兄弟、こうしたものに認められようとするな。

人生の途上に会う人に、必ず認められようとは思うな。


最後には神が見ていて下さるのである。

神が自分を見ていてくださって、認めてくださるならば、
たとえ人に何を言われようとも、
たとえどんな仕打ちを受けようとも、
決して我は後悔せぬという気持ちを持たねばいけない。

これが本当の成果である。



この世にて人々に喜ばれるようなこと、
この世にて無知な人々、
霊的に無知な人々に喜ばれるようなことばかりをして、
これでもって本当によいと思うな。

神に喜ばれることこそが、本当の成果なのである。
posted by くまけんちゃん at 06:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運命の開拓(天之御中主神霊示集)

2008年01月03日

新・運命の開拓(天之御中主神霊示集より) 成果(2)

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6. 成果(2)

諸君らが地上にあるときたの人々のために、
善いと思ってやったことが、誤解を受けたり、
侮辱を受けたり、そういうことはあるであろう。

人々のためにと思ってやったことが理解されず、
曲解されて、苦しい思いをしたこともあるであろう。

しかし、諸君らの心の中に、本当に愛の思いがあったならば、
それはこの世的には実を結ばなくても、必ず実在界においては蔵の中に、
諸君らは良質の麦の穂を刈り込んだということを忘れてはならぬ。

決して結果主義になってはならんと思う。


ある人を愛さんとしてなしたことが、結果的に実を結ばなかったとしても、
それでもって諸君らが失敗したということにはならんということだ。

愛の行為と、愛の思いは、決して決して無駄にはならんということを、
諸君らは知らねばならん。

自分がよしと思って、人々のために人類のために尽くしても、
結果的には人々の誤解だけを受けて、
そして傷ついた人生で幕を閉じることもあるであろう。

しかし、そうした人があの世で大いなる成果をてにいれていることが多く、
この世の成功者があの世で没落しておることも数多くあるのだ。
posted by くまけんちゃん at 05:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運命の開拓(天之御中主神霊示集)

2007年12月31日

新・運命の開拓(天之御中主神霊示集より) 成果(1)

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6. 成果(1)

さて、開眼、自覚、決意、不退転、断行という話をしてきた。

そして、その結果として表われるものは、成果であろう。

人間の一生には、必ずそれなりの成果というものがあるのである。

諸君が、大いなる実りを持って実在界に還ってくるか、
それとも失敗の汚名だけを被って還ってくるのか、
それは今の時点ではわからない。

ただ、どのような人間であっても、
何らかの成果というものを残すものである。

結局、一生において自分が刈り取ったものが、
これが良質の小麦であるのか、良質の米であるのか、
それとも毒麦であったり烏麦であったりするのか。

それを問われるべき時が来るのである。

これは、確実に来るのである。

この時期は、万人にとって、確実に来るのである。


決して逃れることができないのである。

この成果ということに関して、一つの考えを述べておきたいと思う。

諸君は、この世では、霊的に目が見えないままに手探りで一生を生き、
そしてあの世に還ってくる。

そして、その一生の間になした、この成果、
この刈り入れた穀物が何であったかということを、
あの世の世界に来て必ず見せられることになるのだ。

その時に、毒麦ばかりを刈っておった自分を発見して、
あきれ返ってしまう人もいる。

毒麦を刈っておったと思って、その実、
良質な麦のほうを刈っておったということもあるであろう。

いろいろなことがある。

ただ、一つだけいえることは、人々のためになしたことは、
決して決してマイナスにはならんということだ。


posted by くまけんちゃん at 05:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運命の開拓(天之御中主神霊示集)

2007年12月29日

新・運命の開拓(天之御中主神霊示集より) 断行(4)

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5. 断行(4)

霊的な世界についてもそうだ。

世の人々はそれを信じることができない。

「目に見えず、耳に聴こえないものを、どうして信ずることができるか」。

そして、嘲笑することがあるだろう。

そして、それを証明できねば、「そんなことするのはナンセンスだ」
と言うような人もいるかもしれぬ。

しかし諸君は、そうした声に惑わされてはならん。

その声に惑わされて、そして心弛んではならん。

そんなことでもっては、後世に大きな業績を残すことは決してできぬ。

決して偉人の仲間入りはできんということを知れ。

世の常識が間違っておるならば、この常識を打ち砕いてゆくだけの、
それだけの勇気を心に持たねばならん。

断じて行なうということ、
いろんな危険があっても断じて行なうということ。

この勇気を、最後は世の人々は認めて、賞賛するに至るのだ。

ところが、卑怯者はその途中で引き返してゆく。

こうした卑怯者に対しては、世の人々は賞賛しない。

しかし、彼らの声に耳を傾けず、
地球の果てまで行ってでも本物を探検した人に対しては、
彼らは後の世に、大いなる称賛をもって迎えられるのだ。

世の人々はそんなものである。

時代の最先端を行っておる人間は、
とかく様々な困難、苦難、あるいは人々の失笑や嘲笑に
あざ笑われることが多いのである。


ただ、それに負けてはならぬ。

断じて負けてはならぬのだ。

そうしたこと、勇気をもって、断じて行なうということ。

これを忘れてはならぬ。

それが何よりも大切なことであろうと思う。
posted by くまけんちゃん at 05:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運命の開拓(天之御中主神霊示集)

2007年12月27日

新・運命の開拓(天之御中主神霊示集より) 断行(3)

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5. 断行(3)

自分の心にのみ問え。

自分の心に問うて、これが間違っていないことであるならば、
これが本当に神の心に適うことであるというならば、
この世的なる一切の悪意を排除して、断行せよ。


断じて行なえ。
断じて書物を出し、断じて世に広げてゆきなさい。
躊躇してはならん。

世間の常識に迎合してはならん。
世間の人々の声に妥協してはならん。
断じて断行せねばならん時はあるのである。

世間の人々が認めるようになってから、それを広げようとか、
世間の人々に、何も害しないという約束事をぶつけてから、
こうした神理を広めようとか、こうしたことを考えてはならん。
そうした卑怯者であっては、断じてならん。


自らの心に問うて、間違いのない道であるとおもうなら、
断断固として、実践せねばならん。

諸君は今、ふり返ってみよ。

世の偉人といあわれる人たちの数々が、
どれだけ多くの困難にあったか、
どれだけ多くの人々の嘲笑にあったかということを知れ。

しかし、嘲笑にあったとしても、
自らが信じるものを真一文字に歩いた者が、
それが偉人といわれる人達ではないのか。

嘲笑にあって、そして断念した者を、
人は偉人とは呼ばない。

そうではないのであろうか。
posted by くまけんちゃん at 06:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運命の開拓(天之御中主神霊示集)

2007年12月25日

新・運命の開拓(天之御中主神霊示集より) 断行(2)

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人生には、そういう時があるのだ。
人生には何度も、断行せねばならんということがある。
断行せねばならん時とは、判断に迷う時である。

右すべきか、左すべきか、人生は常に選択と選択の積み重ねだ、
と言った人もいる。

確かにそのとおりだ。人生のいたるところで選択はある。
その時に、決定せねばいかんのは、他ならぬ自分自身である。

この時に、諸君は心を澄まして神の声を聴け。

自らの心を澄ませ、精神を統一し、呼吸を整えて、
自らの心の中に邪心がないかどうか。

自分だけに都合のいい心はないかどうか。

自分の決めんとしていることが、単に自分の幸せなだけではなく、
人々の幸せにもつながるものであるかどうか。

自分のなさんとしていることが、
神の心にもかなうものであるかどうか。


こうしたことを、諸君は心に問え。そして自らの内なる心から、
自らの内なる神から、「そうだ、その道でよいのだ。断じて行なえ」
という声が響き渡ってきたならば、もう諸君は迷ってはならん。

断じて行なわねばならぬ。

あとをふり返ってはならぬ。

自分が渡ったあとに、その橋を焼き去れ。

自分が上陸したあと、その舟を焼き去れ。

そして、諸君は前進のみあるのだ。


本当にその道が神の意に適うことであり、
本当の意味で、究極的に人々を幸せにする道であると思うならば、
あらゆる困難を排除して断行せよ。
posted by くまけんちゃん at 06:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運命の開拓(天之御中主神霊示集)